
西田幾多郎(哲学者1870~1945)は、無の境地を禅で学び、神を「絶対矛盾的自己同一」と定義しています。
「絶対矛盾的自己同一」とは何でしょうか。それは、「対立するものが、対立(=矛盾)を残したままで一体化すること」をいいます。
通常、自分と自分以外のものは、対立するものとして別個に認識されます。自分がいる、そして宇宙がある、というように。とても自分と世界が一体のものとは実感できません。
しかし、神道の「中今」を体感するとそれがわかります。横方向に流れる時間を「今」の瞬間で縦に切ると、すべてが「今」の中に凝縮されます。そこに自他はありません。
白川の行(お道)は、「絶対矛盾的自己同一」を実現させます。幾多郎のいう「内在的即超越的」世界です。
禅の世界では「着たまま脱げ」とも言われますね。