2011年7月1日金曜日

哲学を持つということ


マヤ暦にもあるように客観的時間の流れが速くなってきました。これまでは何年に一度しか起きなかったことが、それこそ一週間に一度のペースで起きたりしています。様々な事故や事件、天変地異・・・最近は慣れてしまった印象すらあります。

一方、特に東北の震災以降、不安や恐れが私たち日本人の意識を支配しようとしています。どこを見ても不安を煽る情報ばかり。そのような情報に右往左往する人々の様子が浮かんできます。

良寛和尚は、親類から災難逃れの法はないかと聞かれたのに対し、「災難に逢う時節には、災難に逢うがよく候。死ぬ時節には、死ぬがよく候。是はこれ災難をのがるる妙法にて候」と答えたそうです。

これはある種の人生哲学ともいえますが、現代人にはこの哲学を持つという感覚が薄い、というか、全くないように感じられます。現在は、天災のみならず人災も多くなってきているため、人に振り回されることも多いかもしれません。

こうした状況を乗り越えるためにも哲学は必要です。哲学の土台があれば、周りの状況に揺さぶられることもありません。日本人として日本哲学を見直す必要がありそうです。不安や恐れはそのまま現象として表に現れます。

危機回避のための情報を流すことで、かえって情報戦に負けるようなことをしています。

幽顕哲学

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