2011年11月11日金曜日

原始祝詞と言霊1


出雲は古来、神々の一大中心地でありました。その祭祀世界は、現在千家(せんげ)・北島の両国造(こくそう)家を軸に取り仕切られています。

しかし、古く遡ると、本格的な高等祭祀においては、ある旧家筋の参画が不可欠でした。富上官家(とみじょうがんけ)です。上官家とは、上席上官家の略で、出雲の本格的神事を司る旧家筋のことをいいます。先の両国造家、および日御崎家(ひのみさきけ)などもそれに属しています。

その富家の当主だった故・富 當雄(まさお)氏は、「出雲の本来の神事は、うちが参加しないと成り立たんのだ。うちは大国主命直系の末裔で、出雲祝詞を司るが、国造家には祝詞を教えておらんのでね」と語っています。
※富當雄氏の正式出雲名は、向(むかい)上官出雲臣財富當雄(いずものおみたからのとみのまさお)。

以下は、この当主として一時期祭祀継承上の義子となった富龍孝氏(故人)の言葉です。
「おやじ(當雄当主)は、『出雲の古い本来の祝詞は唸(うな)り声のようなものだ。それを後代、分かりにくくなったので、翻訳したようなものが、いわゆる延喜式祝詞だ』と言っていた。」

當雄当主が、その原型的な古式祝詞を伝承していたのかどうかは不明です。しかし、これは明らかに、原始祝詞を示唆するものです。当主は「祝詞は神々との対話だ」と語っていたとのことです。

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