
それらを遡ってゆけば、何か大きな幹に至るはずです。
そこは、太初に奥深く、限りなく豊かに実現していた言霊や音霊の世界ではないでしょうか。先の出雲の原始祝詞も、そのような世界ではないかと思われます。
恐らくは弥生中期あたりまで遡り得る、国作り時代に、出雲の地で、様々な大型神事がなされたことでしょう。当地での十月神在祭(かみありまつり)は、その他の地では神無月(かんなづき)と呼ばれます。列島広域からの首長や族長、神族たちが出雲の地へ集結し、国々の祭政を会議したのです。
今日のような会議ではありません。各人が祖先神、国魂(地域神格・霊格)、首長霊その他多くを背負っての参画です。神・人複合的な遣り取りであり、霊的調整でもあります。単なる言葉では追い付きません。言霊が縦横に飛び交い、流れ合う。言霊が光の玉や振動と化して、証を取ったり、説得力を発起したりする。そういう世界であったと感じられます。
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