2011年11月15日火曜日

集中力

普段私たちが集中力という言葉を使う時、そこにはやや重い印象が伴います。恐らく、一つのことに集中するために、バラバラな思考を無理矢理、力で押さえつけるというイメージが強いからでしょう。

それでうまくいくこともあると思いますが、たいていの場合、かえって反発を生み、余計な思考を発生させることが多いように感じます。力と重さによる制御は、どこかに争いを起こします。

紀貫之は『古今和歌集仮名序』で和歌の効用を次のように説明しています。

「やまと歌は、人の心を種として、よろづの言の葉とぞなれりける。世の中にある人、ことわざ繁きものなれば、心に思ふことを、見るもの聞くものにつけて、言ひ出せるなり。花に鳴く鶯、水に住む蛙の声を聞けば、生きとし生けるもの、いづれか歌を詠まざりける。力をも入れずして、天地を動かし、目に見えぬ鬼神をもあはれと思はせ、男女の仲をも和らげ、猛き武人の心をも慰むるは、歌なり。」

やまと歌の世界に争いはありません。「力をも入れずして、天地を動かし・・・」とあるように、緊張も重さもありません。真の集中とは、本来そのようなものではないでしょうか。一点への集中ではなく、全てに満遍なく集中している状態です。

思考の境目から涌き上がるものに意識を合わせることで、異次元への扉が開かれます。重い/軽いを超えて軽い世界です。

0 コメント:

コメントを投稿